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6月23日、サガン鳥栖に所属する元スペイン代表FWのフェルナンド・トーレスが、都内で現役引退会見を開いた。

F・トーレスのキャリアはとても輝かしいものだ。 アトレティコ・マドリー、リバプール、チェルシー、ミラン、そして鳥栖と渡り歩いたクラブシーンでは、チャンピオンズ・リーグ1回、ヨーロッパリーグ2回の優勝を経験。 スペイン代表でもEURO連覇(2008、12年)と同国史上初のワールドカップ制覇(10年)に大きく貢献した。

それだけ華々しいスター街道を歩き、11歳で入団したアトレティコではクラブのアイコンとしても崇められた男が、なぜシーズン途中、それも鳥栖がJ1リーグで最下位に沈んでいるタイミングで引退を発表したのか――。 疑問を抱かずにはいられなかった。 だが、その理由は、実にシンプルなものだった。 世界の頂点に立った経験を持つがゆえに自身のパフォーマンスへ不満を抱いていたのだ。 かつて“エル・ニーニョ(神の子)”と呼ばれた天才FWも35歳となり、身体は万全の状態ではなかった。 とくに今シーズンは、右太ももを痛めたこともあり、公式戦11試合で0ゴールとチームに貢献できていないことに納得がいっていなかった。

「常に高い意識を持ち、高いレベルでサッカーをしてきたなかで、自分の求めている(プレー)レベルに達していないのが理由の一つ。 シーズンの途中ではあるが、ベストコンディションで最後までやり続けられないならば、サッカー人生を終えたいと思い、引退を決意した」 コンディション面を理由に挙げたF・トーレスだが、日本で引退するのにはもう一つ訳がある。 それは今後も鳥栖で仕事を続けるからだ。 「選手として引退はするが、クラブを離れるつもりはない。アドバイザーとして残るよ。 日本のサッカーを世界に広げていくことに貢献したい」と、セカンドキャリアへの野心を口にし、その具体的なプランを明かした。

「まずは組織改革に取り組みたいと思っている。 特にユース、若手の育成に目を向けたいんだ。 鳥栖のユースには素晴らしいプレーヤーがいるから、そういった選手たちをどんどん成長させて、クラブを大きくしたい。 そして、ポジティブな人たちと働き、改革をしていきたい。 ネクストステップを考えて行動したい。 アドバイザーとしての仕事はチームのためにできることを全てしたい」 会見に同席した鳥栖の竹原稔社長も「まずは世界のサッカーファミリーに(ラストマッチに決まった)8月23日の神戸戦をしっかり見てほしいという思いがある。 未来はこれからもフェルナンドとともにある」と明言し、今後も“共闘”していくことを誓った。

スペイン・サッカー界が生んだカリスマは、この先、日本サッカーにいかなる功績を残すのか――。 「改革していきたい」と凛々しくセカンドキャリアを展望した男の力強い言葉には、並々ならぬ闘志が感じられた https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190623-00060508-sdigestw-socc
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日本サッカー界にとっても良いことじゃん

・佐賀の魅力にハマっちゃったかー

何が彼をここまで鳥栖に惹きつけたのだろうか

・鳥栖のコーヒー屋でゆっくりできるからな

ありがトーレス。神戸戦いくで

・全盛期はリバプール1年目の12年前 

チームにはアドバイザーとして残る(日本に残るとは言ってない)

・これもう鳥栖のレジェンドだろ

将来監督とかするのかな

・師匠は理論派より感覚派の人だと思うんだけど指導とかできるのかな?

これ、顧問だから自国に戻るんじゃないの? 

・昨シーズンマリノス戦での一発がなけりゃ鳥栖は降格してたろうな

本当に鳥栖のジーコになるとは

・俺師匠って呼ばれてるんだけど師匠ってどういう意味?って通訳に聞いて通訳がとっさにマエストロだって答えたおかげだな